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轟け!サブカル女子

上京を夢見るサブカル女

女子校育ちが女子高生だった頃を思い出してみた~ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ~第1回『不思議の国の「女子高生」』

サブカル はてブ20以上
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昨年夏にNHKで放送されていた、日本のサブカルチャーについて分析、考察する番組「ニッポン戦後サブカルチャー史

www.nhk.or.jp

なかなかの好評だったようで「ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ」というタイトルで再び放送される事に。

戦後~現代に至るアニメを始めとしたサブカルチャーでの多種多様な表現を、社会の移り変わりを交えながら議論、分析する面白い番組でした。

YMOの回は滾ったなぁ…

さてさて、ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱの栄えある第一回目のテーマは

みんな大好き女子高生!

だよー!

番組では、明治の女学生まで遡り、女子高生というブランドが確率されたルーツを辿りながら、社会情勢と絡めながら女子高生について言及された作品が紹介されていく。

少女の友

女生徒/太宰治

桃尻娘/橋本治

リバーズ・エッジ/岡崎京子

女子校育ち/辛酸なめ子

番組中で紹介された作品を交えながら、女子校だった頃を思い出しつつ女子高生について語ってみようと思う。

ポップアイコンとしての女子高生

「女子高生」という存在はブランドだ。同じ立場である「男子高生」には全く魅力を感じないのに「女子高生」という言葉だけで、とても魅力的な何かを感じるのは私だけだろうか。

特に女子高生をブランドとしての価値を高めているのはあの少女達が身にまとう「制服」にあると思う。

あの若く未熟な時期にしか着られない制服というものに儚さを感じる。私が女子高生だった頃には息苦しくて鬱陶しくて一刻も早く脱ぎ捨てたくてしょうがなかったあの制服に今では恋い焦がれる瞬間があったりする。

私がいま着てみた所でもう価値はない。未完成でありながらキラキラと輝く少女達が何気なく着ているからこそ、意味があり価値があるものなのだ。

制服とは「未完成で世間に汚されていない無垢さ」を主張する物である。

またアニメなどカルチャーの世界でも、女子高生が描かれた作品が多数生まれてきた。

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涼宮ハルヒの憂鬱

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けいおん!

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美少女戦士セーラームーン

宇宙人や未来人だの現実にはありえない不思議な存在を、何気ない日常と絡めながら描いたり、部活動に励む少女達が描かれていたり、普段はか弱いはずの乙女たちが正義のヒロインに変身し、身を挺して悪者と戦ったり…

ジャンルは違えど、彼女たちは制服に必ず身をまとっている。そして彼女たちの制服はひとりひとり多種多様な着こなしで描かれている。紺足だったり黒タイツだったり、シューズのタイプやカラー分けなど。

制服というのは彼女たちの個性であり、どういう人物・性格なのかを言葉なしで表すアイデンティティーでもある。

また、音楽の世界にも女子高生アイコンは広まっていて、セーラー服を衣装にした人気アイドルグループ「でんぱ組」がいる。

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でんぱ組.inc (@dempagumi) | Twitter

でんぱの神神 DVD 神BOXビリワン

でんぱの神神 DVD 神BOXビリワン

彼女たちは女子高生ではない。なのに彼女たちがセーラー服を模した衣装を着るのには「制服」という物が多数の人を魅了する得体の知れないエネルギーを持っているからじゃないだろうか。また簡単に「かわいさ」「フレッシュさ」を伝えられるツールでもある。

本能のように「かわいい」を嗅ぎとる能力

女子高生というのは不思議な生き物でごくごく狭いフィールドで独自の進化を遂げる。そして彼女たちの「かわいい」に対する貪欲さと嗅ぎとる能力には目を見張る物がある。

私がまだ中学生だった90年代は空前のアムラーブーム。クラスの女子達はアムラー派かシノラー派かで派生していきました。(今の赤文字系、青文字系の発端?)

そしてこの頃の流行最先端にいた女子高生達は異様な進化を遂げる。渋谷の女子高生はこぞって肌を黒く焼き、唇を白く塗り、鼻にはハイライト。目の周りにも白いアイラインを入れ、目の下にはかわいいシールやデコパーツでデコるという「ガングロギャル」がセンター街に溢れかえっていた。

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いま見てみたら、これのどこがかわいかったのかよくわからない。何度見てももののけ姫に出てくるあの偽イノシシしか見えない。

でも、当時の彼女たちの間ではこれが「かわいい」のベストな形でチョベリグだった。こうじゃない女子達は総じてチョベリバなのだ。

ブームというのは大多数が正義であって、少数派は排除される運命にあるのだった。

変化を遂げ、そして廃れていくブーム

この頃の女子高生を表すアイテムとして一番語られるのが「ルーズソックス」だ。

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渋谷の若者文化衰退の悲劇 - ボンダイ

最初はくしゅくしゅソックスと呼ばれていて、一節では渋谷区の某高校の女生徒が登山用の靴下をたるませてはいたのがルーズソックスのルーツだと言われている。

この一人の女生徒が気まぐれで始めた事が女子高生としての「お洒落」の基準となり、ステータスとなって全国的に広まっていく。

ネットなどがまだ今ほど普及していなかった当時。田舎の女子高生たちはみんなしてファッション雑誌を読みまくった。この頃のファッション雑誌は、街を歩くお洒落な女子高生がスナップされ、それを地方の子達も読んでこぞって真似をした。

私もそのうちの一人だった。「GALS!」という漫画に登場するド派手でイケイケなコギャル達。流行の発信地、渋谷の女子高生ファッションに憧れ、歩きにくい厚底ブーツをはいたり、ダルダルのルーズソックスをはいて田舎を練り歩いた。

このようにギャルの象徴だったルーズソックスも、年々進化と変化を遂げていく。

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このような形で少しずつ変化しながら、やがて新勢力として「洗練されて清楚なイメージ」の強い紺足をはく女子高生が増え、次第にルーズソックスは廃れていく。

私も94年の全盛期時代のルーズソックス→通常のルーズよりリブが少なめのゴム抜きルーズという移行を辿る。ソックタッチ替わりに文具用の糊を塗りたくり、肌荒れする友達も多数いた。

女子高生の凄いところは「かわいい」とされる物を本能的に知っているところだ。誰に教えられたわけでもなく、スカート丈と靴下の長さのベストな黄金比率を彼女たちは知っている。やり過ぎると下品だし長すぎてもダサい。この絶妙なバランス感を最先端にいる女子高生たちは身につけていた。

また当時、大きめのカーディガンやセーターを着るというのも流行った。

この頃のファッションは

「ルーズソックスのボリュームがあればあるほどかわいい」

「スカートは短ければ短いほどかわいい」

「大きくゆるっと着れるカーディガンがかわいい」

といったように校則ギリギリラインを攻めながらどんどんと加速していく。

ファッションは20年周期で繰り返すと言われるが、最近またルーズソックスがお洒落だと流行が起きつつあるらしい。

ただ90年代と違うところは、ただはくだけでなく「紺ソにルーズソックスを重ね履きする」というものに変化を遂げて再び女子の間でブームとなりつつある。

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引用:http://imfalling.exblog.jp/m2013-08-01/

ハイソ派vsルーズ派の争いに終止符!制服女子高生の最新足元事情 - モデルプレス

どうやら「ニーレイ」というらしい。この紺の部分が見えることがお洒落やらかわいいだとか…(なるほど、わからん)

過去に流行った物にその時代のエッセンスを加えつつ、また新たなカルチャーとして生み出す女子高生達。2012〜2013年にニーレイは流行っていたみたいなので、今じゃこれも流行遅れになっているんだろうか。私の知らないところでまた新しいカルチャーが生まれては進化を遂げ、そしていずれ消えていく。ここにもまた儚さを感じてしまって仕方ない。

おっさん女子から青春ゾンビへ

番組を見ていて思わずハッとさせられる文章が流れた。

辛酸なめ子さんの「女子校育ち」という本からの一節だ。

女子校育ち (ちくまプリマー新書)

女子校育ち (ちくまプリマー新書)

 

ある時、「女子校出身者は生きづらそう」と知人に指摘されて、ハッとしたことがあります。思い返せば、共学出身の女性のように自然体で女を武器に出来ないというか、女を出すことに抵抗を感じてしまうふしが。

〜中略〜

一般に女子校に大奥的な陰湿なイメージを抱いている人が多いようですが、実際はその逆で、女子だけで力仕事でも何でもやるのでタフになる傾向があります。

女を武器に出来ないというか、女を出すことに抵抗を感じてしまう。

女子高出身の私は、この一文に共感しすぎて首がもげるほど頷いた。

もちろん、女子校出身者といえども色んなパターンの女子がいる。同じクラスでもイケイケで一週間で彼氏がコロコロと変わるような子もいた。積極的に出会って付き合っている言わばリア充的な女子達。こういう子たちは皆、早々と結婚してしまった。

で、私の場合はというと、同世代の異性との接触が全くないまま、高校時代を過ごす事になる。3年間異性と交流がない日々はやがて女子をおっさん女子へと変化させていった。この本来多感な時期におっさん女子として過ごしてしまった代償はとても大きい。共学の子が日々、異性とコミュニケーションをとり、恋愛スキル、会話スキルと着々と積んでいた頃にそんな風に過ごしてしまったものだから、女子が本来身に着けているであろう「自身をかわいく見せる能力」「モテ仕草」などを一切学ばないまま成人してしまった。

大人になってから女性が上手く男性に甘える姿などを目の当たりにすると「じ、女子力高!!!」と驚いてしまう。ぶりっ子したり女性らしく振る舞う自分を想像すると、寒気がしてしまう。

そして正攻法では戦えないと気づいた私のようなおっさん女子達のうち何人かが「サブカルチャー」「趣味」という世界に段々とシフトしていった。

イケイケ女子達が次々と結婚し、家庭を持ち落ち着いていく頃、学生時代に輝けなかったおっさん女子達は、くすぶっていた青春時代を取り戻すかのようにギラギラと趣味に恋愛と楽しむようになる。

今の私は多分「青春ゾンビ」だ。 おっさん女子から青春ゾンビに進化してしまった。

青春時代に埋められなかった欲求などを大人になった今、貪るかのように楽しんでいく。ただ大人になってからいくら欲求を満たそうとも、自分の中にあるパッとしない学生生活の記憶は変えることは出来ない。地味だった青春時代を楽しい思い出で上書きしようと、もっと楽しいもっと刺激のあるものを求め続ける屍のようになる。こうして青春ゾンビは誕生する。

私のようにおっさん女子になる子もいれば、結婚2週目レース突入する子もいたり、たまに本当に超進化して別の扉を開いちゃう子もいたりして。

このように女子高育ちの女子高生というのは、共学の女子高生とはまた少し違った独自の進化を遂げていく。

まとめ

女子高生の消費スピードの早いカルチャー。新しい文化が生まれては消え、また新しい流行が生まれていく。またギャル語にしても、誰かが何気なく言った一言などが爆発的な早さで彼女たちの間で普及していく。

最近女子高生のLINEで「フロリダ」という言葉が流行っているそうだ。

「お風呂に入るから離脱する」の意らしい。上手いこと言うなぁ…笑

こういった言葉遊びや「おこ(怒ってる)」「つらたん(辛い)」など本来のままだと重く伝わりがちな言葉に少しかわいらしさを加える事で、無意識にコミュニケーションを円滑に行おうとする。女子高生のコミュニケーション能力は凄い。

制服で個性を表現し、自分たちの作った言葉で独自のコミュニケーションを取る。女子高生というのはいつの時代も新しいカルチャーを次々と作っていき、流行りの中心にいる存在だから、そんな彼女たちに大人は魅了され追い求めてしまうのかもしれない。

と、ぐだぐだな文章でしたが、ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱとても面白い番組でした!ジャニーズの風間俊介くんがいいコメントと分析するんだよなぁ…

っていうか、番組観た方でもっと文章や考察上手な方のブログがあったらぜひ読みたい。それぞれの女子高生像が見えて面白いだろうなあ。

さて、次回はSF特集『SFは何を夢見るか?』

大阪万博なども出てきて、これまたアラサーホイホイな内容になりそう。

楽しみ!!!

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