読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

轟け!サブカル女子

上京を夢見るサブカル女

【ネタバレ】映画『きみはいい子』~親に愛されない子どもだった貴方と子供を愛せない全ての親へ〜

映画 サブカル はてブ20以上
スポンサーリンク

最近、誰かをぎゅっと抱きしめましたか?

f:id:ok723:20160210155020j:plain
中脇初枝の小説を呉美保監督が映画化した作品『きみはいい子』やっと見ましたー!!!
映画『きみはいい子』公式サイト

映画『そこのみにてそこのみにて光輝く』と同じ監督作品なのでかなり期待して見たんですが
【ネタバレ】映画「そこのみにて光輝く」感想記事

号泣。

目がジャバ・ザ・ハットみたいになるくらい泣きました。虐待シーンやネグレクトなど思わず目を背けたくなるような描写もあるんだけど、その先には救いや希望もきちんと匂わせていて、ただ鬱っぽい気持ちなまま終わりでもなければ、決して綺麗事を描いたわけじゃない。現実と映画との「バランス感」が非常に良かった。
「いい映画だったな〜」だけで終わらず、見た後にきちんと心に届くものがあって家族や他人とのつきあい方を再度考えるきっかけを投げかけてくるそんな映画でした。

あらすじ


小学校の教師である新米教師の岡野匡(高良健吾)、海外出張で夫不在の家庭で3歳の娘を育てる水木雅美(尾野真千子)、そして家族を亡くし一人で暮らしている佐々木あきこ(喜多道枝)の3人をメインにストーリーが進む。子供を虐待してしまう母親、ネグレクト、いじめや学級崩壊、モンスターペアレンツなど学校を取り巻く問題や孤独に暮らす独居老人。様々な年代の人が抱える悩みや苦悩を描くヒューマンドラマ映画。

感想

テーマはかなり重たい。昔、親から虐待された事が原因で自分の子供にも虐待をしてしまう親、親からネグレクトされていてろくに食事を食べさせてもらえない子供、クラスで起こるいじめ、モンスターペアレンツから学校への圧力、孤独に一人暮らす老人。

特に子供と上手く向き合えず虐待してしまう雅美のシーンはきつかった。大好きな尾野真千子をちょっと嫌いになってしまうほどに酷い虐待シーン。ホラー映画なんかよりも刺激が強いかもしれない。
粗相をしたあやねにイライラして、引っ張って突き飛ばして、何度も叩くシーン*1がある。フィクションだとわかっているのに精神的にきつくて思わず目をそむけてしまった。
恐らく、彼女も好きで子供を虐待しているわけじゃなくて、本当は上手く向き合いたいのに、雅美が親から虐待されていたせいで愛し方がわからず、虐待してしまう…という流れは心が握りつぶされるように辛かった。こういう閉鎖的な世界で苦しむお母さんって結構いるんじゃないかな。誰にも相談できない苦しみというか。

で、誰にも相談出来ないまま苦しむ雅美に、ひかるくんとハナちゃんの母親である大宮陽子(池脇千鶴)が近所のママ友として関わるようになる。映画後半で雅美があやねを虐待している事に気づくんだけど、ここの池脇千鶴と尾野真千子のやり取りで涙腺ダム決壊☆

「親から酷いことされたよね。わかるよ、私もそうだったから。」
「水木さんも辛かったよね、自分の事嫌いでしょ。」

それまで尾野真千子が出ているシーンは寒色で無機質で冷たい印象を受けるような演出だったんだけど、この池脇千鶴との抱擁シーンでやっと尾野真千子にも暖かな優しい光がふわっと差し込んで暖かな画に変化していく。
今まで孤独だった彼女に救いの手(暖かな光)が差し伸べられたというのを抽象的に説明していて、とても印象に残る美しいシーンでした。

「虐待されていた子供が親になった時、自分の子供も虐待をしてしまう」というのを聞いたことがある。恐らく「親に虐待されたから、私も子供にする」なんて簡単な心理ではなく、その人の心にはきっと「愛情の欠落」があって「親に愛されたかった子供の頃の自分」がまだ心のなかにいるんだと思う。そして親から愛されなかったから、愛し方がわからず子どもとの向き合い方がわからないまま親になってしまった人なんじゃないかって。

実は陽子も、雅美と同じく子供の頃虐待されていた子だったんだけど、雅美と違ったのは近所に話し相手のおばあちゃんがいた事。その人が「べっぴんさん」と褒めてくれていた事。家庭や学校以外に「居場所」があったという所。子供の頃は同じように虐待を受けた2人だけど、大人になる過程で誰かとの出会いがあるかないかでその後の子どもとの付き合い方が180°違う風になっている。辛い過去があっても誰かとの出会いで再び、愛や温もりを取り戻せる…というようなメッセージ。

以前「死ぬほど辛い子は図書館へおいで」という図書館司書のツイートが話題になった。家族や学校以外の「居場所」が出来たことで誰かの命を救ったかもしれない。
虐待してしまう尾野真千子、生徒のネグレクトに悩む新米教師岡野、孤独に怯える独居老人あきこも新たな「居場所」や「他者の存在」が出来たことで閉鎖的だった世界が変わっていく。「他者の愛や関心がどこかで苦しんでいる誰かを救うかもしれない」という事なんだろう。

主に尾野真千子のストーリーに特筆したけど、他にもいいシーンがいっぱいあった。仕事も恋愛も思うようにいかなくて落ち込んでいる岡野を姉の子供レンがぎゅっと抱きしめながら「がんばって」「がんばって」と何度も言う。
そんな2人を見て岡野姉が「あの子、私の真似して抱きしめて背中ポンポンってするの。私があの子に優しくすれば、あの子も他人に優しくするの。子供可愛がれば世界が平和になるわけ。母親って凄い仕事でしょ!」とペイ・フォワード精神満載なセリフを言う場面。メッセージ性が強いだけに説教臭くなりがちなこのセリフも実の姉から言われることでスッと心に入ってきた。

あと映画後半で岡野が生徒たちに課す宿題。この宿題の内容を答える子どもたちの表情がとても素晴らしかった!そのシーンまでいうことも聞かないし、いじめや問題行動起こすやんちゃで憎たらしい子供達といったような描かれ方をしていたんだけど、生徒ひとりひとりとちゃんと向き合ってみると、それぞれみんなとても愛くるしくて可愛らしい。
あまりにもこのシーンの子どもたちの顔が素晴らしかったので、どうやって演出したのかなーと調べてみると、このシーンは高良健吾と子役達のアドリブで撮影されたシーンだそうだ。子役恐るべし…!!!

ほんとこの映画に出てる俳優さん女優さん達の演技が本当に素晴らしくて。子役達の演技がすげぇ…自閉症を持つ弘也という男の子を加部亜門くんが演じているんだけど「本当にそういう子なのかな…?」と思って見てしまうくらい、名俳優でした。

あとは池脇千鶴!!!そこのみにて光輝くの時もジョゼの時も名演技だったけど、作品の世界観に溶け込む能力が半端ないっす!!!(笑)「あー、陽子みたいなお母さんいるいる」っていう本当に実在するんじゃないかっている既視感というか。周りのママ友と比べて言動も服装も垢抜けない感じがするが、子供と接する彼女の姿は愛情に満ち溢れていて「元気で明るい、いいお母さん」というのが説明なしに伝わってくる。

それから内縁の夫からネグレクトされている神田くんの父親。あのクズっぷり!!!ただずまいだけで「こいつはろくでもないやつだ」っていうのがわかるっていうね。呉美保監督は貧困層を描くのがとてもうまいし、実在する人物を見ていると錯覚させる役者さん達の演技に脱帽。


ラストシーンは見ている人にメッセージを投げかけるような形で終わるんだけど「何も解決してないやん!」と思いつつも孤独で苦しんでいた人達に他者が関わる事でこれから何かが変わっていくかもしれない。誰かが救われるかもしれない。という「手を差し伸べる側になれ」「誰もがみな誰かを救う居場所になれる」というメッセージがあるのかなーと感じました。他者に無関心に生きているけど、少し歩み寄ることで救われる人がいるかもしれない。とりあえず見終わった後、私は家族をハグしました。めちゃくちゃ照れくさかったけどなんか心が暖かくなったような気がした(笑)

子供はもちろん、大人も一人で苦しんでいる人がいっぱいいる。でも話しを聞いてもらえたり困ったときに相談できる人がいるというだけで少しは安心できるんじゃないだろうか。特に子育てしているお母さんは孤立しがちで「親になる」事は答えがなく誰もが不安で、誰にも相談できずに一人悩み苦しんでるお母さんが世の中にはいっぱいいるんだろうなぁと。そんな一人で悩んで苦しみと戦っている人達が少しでも楽になれる「貴方ひとりだけじゃないよ」って居場所がもっと増える社会であってほしいなと願うし、そういう人を見た時に手を差し伸べられる人間でありたいと思う。

そういやお子さん持つ人に聞きたいんだけど、学校のシーンで「差別にならないように男の子も女の子もさんづけで呼ぶように」なんて描写があって。今の学校ってそんな風になってるの?男の子はくんづけで呼んじゃダメなの?他にも教室にかけてあるランドセルが黒・赤だけじゃなくて色とりどりカラフルだったりと自分が子供の頃とは全く違う時代になってるんだなあとしみじみ感じました。

まとめ

改めて「母親って偉大だなぁ」「家族を作るって1人じゃ大変だ」って思わせてくれる作品だった。恋人って作るだけで嫌だったら別れたりできるけど、家族っていうのはみんなで育てていくもので、ちょっとやそっと嫌なことがあっても飲み込んで受け止めなきゃいけないし逃げられない。みんなで協力して育てていかなきゃいけない関係だからこそ、大変でもあるけど魅力的なのかなあなんて感じました。いつかは「大変だけど結婚っていいぜ!旦那好きだぜ!子供愛してるぜ!」なんて言える肝っ玉おかんになりたい(笑)

▼こちらの記事もよく読まれてます

*1:実際には尾野真千子は自分の手を叩いていたそうだけど「叩いている方の心も痛い」みたいな意味合いもありそう。